2011年8月11日木曜日

インスタントラバー 03. つかう

 ひとしきりインスタントラバーを眺めたあと、佐藤はベッドに持ち出すことにした。それなりにある重さから、いわゆるお姫様抱っこしかないだろう。誰にも見えてないとは言え、なんとなく恥ずかしいところだ。
「そもそも、女子ってのはお姫様抱っこしてもらいたいもんなのかな」
 などとつぶやきながら首と膝の裏に手をいれたところ、無表情のままインスタントラバーが身をよせてきた。両手を佐藤の首に回し、微力ながら力を込める。
「便利だなー。一体どうなってんだろ」
 力を込める。
「重ッ……!」
 四十五リットルの容量があるのだ。運動不足の大学生に、全く軽いという事はないだろう。
 なんとか持ち上げる。辻元の顔が、目の前にきた。
 無表情の顔が、こちらを見ている。
「ちょっとこえぇ……」
 そう呟くと、インスタントラバーが反応したのか、少し笑った。優しく微笑む、まるでモナ・リザみたいな笑い方。これも反応というやつだろう。
 バスタブから持ち上げ、バスルームを出る。乱雑なままの部屋を進み、ベッドにおろした。
 さきほどまで自分が寝ていたベッドに、今、あの辻元が裸で寝ている。一糸まとわぬ姿というやつだ。
「……リアルだな。辻本とはやっぱ少し違うケド、辻本にソックリだもん」
 少し。いや、だいぶ気恥ずかしい。
 一度インスタントラバーから離れ、再び冷蔵庫へ。残っていた最後の缶チューハイを取り出した。これが最後の一缶だ。
 ベッドの脇に立ち、缶を開け、飲みながらインスタントラバーを眺める。しわくちゃのシーツに乱れた毛布。その上に、裸の辻本。
 非日常、という感じがした。
 同じゼミで、背が高くて、関西弁のやたら目立つ女。それが辻本だった。
 特に何か関係があるわけでもない。何か思惑がある訳でもないだろう。そんな女を創りだして、何になるというのだろうか。しかも自分の欲望で。バレればセクハラでは済まされない。下手すれば千切られてしまう。出来てもいないのに。
 どうして俺は、辻本で作ったんだろう。
  欲しかったのか。
  会いたかったのか。
  抱きたかったのか。
  どれもこれも、なんだか分からない。曖昧だ。
 かと言って辻本以外で考えつく女も居ない。ゼミの女では辻本以外は覚えがないし、他に知り合いも居ない。バイト先も運送会社で男ばかり。唯一の女といえば、今年初孫が生まれる社長夫婦の奥さんぐらいだ。テレビもそう見ないからタレントも分からないし、雑誌のグラビアアイドルも、いまいち想像つかない。
 ……知ってる女と言えば、辻本だけだ。
 だとすればこれは裏切りじゃないだろうか。こんなマガイモノを作って、自分を満たすなんて、どうかしてる。
 でもそのきっかけを作ったのは……。
「考えすぎなの、か」
 かも知れない。 
 現実よりは少し大きめの胸に触ってみた。
 インスタントラバーの顔が、ピクリと歪む。
「そういう機能ってことなんだろうな……」
 ついこの間、バイト代をはたいて行った風俗のお姉ちゃんを思い出した。あの時よりは幾分か無愛想だ。あちらが大仰だったのかも知れない。
 わかってはいたが、佐藤は視線を自らに移した。案の定、年相応の反応を見せてくれて居る。
「なんでもいいのかな、俺」。
 とはいえこれはただのインスタントラバー。ダッチワイフだ。そういうために作られた人形。インスタントの恋人。カップ麺と同じ。
 
 即席の恋人。

 即席の愛情。

 即席の交尾。

「……ここまで来たんだ。もったいねえだろ」
 そう言ってから、残りを飲み干し、残っていたパンツを脱ぎ捨てベッドにに乗った。インスタントラバーに馬乗りになる形だ。二人分の体重を受け、ぎ、とベッドが音をたてる。
 自分が思っているよりも、少し可愛く、少し魅力的に、少しアベコベに出来たインスタントラバー。
 あの華奢で、触れたら折れそうで、でも折れそうにない辻本が、こんな風に出来たのは、どうしてだろう。
 これが、俺にとっての辻元なんだろうか。
 自分自身を見ればわかることだ。答えは出ている。こんなにもヤる気になっている自分が、そのままの答えだ。
 指で、唇に触れる。
 瑞々しかった。少し熱を帯び、桃色のグロスを塗ったような輝きがあった。
 インスタントラバーはと言えば、さきほどの笑顔を固定したまま、自動的に視線で佐藤の顔を追っている。
 そのままインスタントラバーに覆いかぶさるように重なり、そのまま頬と頬を重ねる。
 ひんやりとした感触。
 頬同士を合わせたまま、手を動かし、胸を触る。
「っ……」
 吐息を感じた。言葉こそ出ずとも、そういう機能はあるようだ。
 そう、機能が。
「これは、インスタントラバーだ」
 佐藤はそうつぶやいて、インスタントラバーの脚を思いきり持ち上げた。

   ――――――――――◇――――――――――

 動きながら、佐藤は色んな事を考えた。

 本物もこんな時、こんな表情するのかな、とか。

 もうすでに誰かに見せたのかな、とか。

 もしかしたら、今日、今、しているのかな、とか。

 どうして俺は辻本を知ってるんだろう、とか。

 他のゼミ生は知らないし、今でも興味がないのに、なぜ辻本だけ。

 気がつけば、目で追っていた。だって目立つから。

 気がつけば、耳をそばだてていた。だって関西弁だから。

 気がつけば、名前を覚えていた。だって母の旧姓と同じだから。

 気がつけば、話すようになっていた。だって時々会うから。

 気がつけば、そのシルエットを覚えていた。だって、目で追っていたから。

 気がつけば、冗談を言えるようになっていた。だって、関西弁で親しみやすかったから。

 気がつけば、彼女の裸を作っていた。だって、

 だって、

 だって、

 ……。

 どうしてこれをくれたのかな。

 意地悪だな。

 でも、やっぱ。

 きっと。

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